小学校受験に思うこと

今回はe-お受験責任者木下さんの「2004年度小学校入試を振り返って」に記された、事柄をベースに私の考えを述べてみたいと思います。木下さんの文章や項目を提示しながら述べます。

「・・・過去の問題を中心に殆どの幼児教室やご家庭で皆さんが努力されています。結果ほとんどのお子さんが8〜9割程度をできるようになっています。そのことは小学校側も百も承知です。試験当日の学力は言わば『鍛えられ、作られた学力』なのです。子どもの本当の実力と小学校側は見ないのです。・・・『できて当たり前』なのです。・・・小学校は入学した後、入学してから伸びる子どもを合格させるのです。・・・」

確かにその通りだと思います。現に多くの人が合格したいと願う超難関校の今年の出題は、目を剥く程奇抜な内容でした。けれど来年この出題が繰り返されることは無いでしょう。ではどうすればいいのか、膨大な時間を過去問に割き、その到達度に一喜一憂し、子どもの気持ちを辟易とさせ、顔から笑みを奪ってしまっては入学してから伸びる子を作ることになるのでしょうか。

 「・・・少し問題形式を変えられたり、口頭による設問を聴くことができなく、結果不合格になるような学校もあるようです。・・・」

なるほどいつも同じような状態でペーパーの訓練をしていたのでは融通がきかないということですよね。ペーパーによる出題にしても、行動観察やその他の出題にしても、それらを分析していくと、結果、いかに日常の生活を無駄にせず、活き活き生きる中にほとんどの能力を養うものが含まれていることを発見します。そして、そのほとんどが言語の発達と結びついています。人は言語によって思考しています。言語なしに頭の中に考えを構築していくことはできません。一つの体験を他の事へ応用していく能力も、その体験の中でキーワードを整理して理解することで類似のことにも無駄なく理解できるようになるのではないでしょうか。膨大な量の類似問題をさせることで脳の回線をつなげていくというやり方もあるにはあるでしょうが、ねずみに迷路を学習させる時の方法のように思えてなりません。言語の発達は子どもに言葉を使わせることによって発達を促すしかありません。そのほとんどが家庭の役目でしょう。一方通行の親から子どもへの命令という形ではなく、子どもが何だろうと思ったことを口にする環境を作り、何でなの?と聞かれたときにこれをチャンスとして、(一気に答えを渡してやるのではなく)一緒に考えるという方法を使って言葉のやり取りをすれば、言語と思考は結びついていくはずです。
 ある国立付属小の試験では、ペーパーはほとんど「お話の理解」と「図形的問題」が出ます。私はリーズナブルな出題だと眺めています。なぜならよく鍛えられた思考力を持っていれば、以前出くわしたことがない問題だったとしても解答が可能だからです。これがもしコスモスはどの季節に咲くはなでしょう?といった完全な知識問題だったら知らないものは答えようが無いでしょう。それは知っていれば誰でも答えられるということです。
 図形問題は積み木や幾何系の組み合わせやパズルや折り紙などを飽きずにやる子にとっては、そこが有益な学びの場になります。あれこれ触っているうちに子どもはあらゆる角度からものを見、そして様々なことに気づきます。早い子なら1歳半でもシンメトリーに積み木を積むことを発見したり、三角形を二つに組み合わせると四角形ができるなどと言うことを遊びの中で発見しています。 
 このようなことをする時間を与えずに紙の上の問題に子どもを取り組ませることはもったいないとおもいませんか?

「・・・こんなお子さんを期待しているのかな?小学校は・・・」

というパートで木下さんは1〜8までの項目をあげています。

1 自己表現ができる
自由が保障されて初めて子どもは個性豊かな自己表現ができるのです。表現方法まで教え込まれる必要はありません。画一的な表現はもはや自己表現とはいえません。

2 前向きに課題に取り組む態度
3 あきらめない態度

できなければだめ、という訓練をしていたら「前向き」とか「あきらめない」とか言う前に不安の方が大きくなって子どもは固まります。自然にこうした態度が取れる子は抑圧の無い子ではないでしょうか。
 前出の国立大付属小では毎年「熊歩き」が出題されます。今年パルに来ている子で試験を受けた男の子が一度決められた白線から飛び出してしまってやり直しを命じられた時、悪びれずに「ハイ」と言ってやり直しをしたのだそうです。お母さんは発表の前に、やり直しをさせられたから不合格なのではと心配していましたが、合格していました。この子はいわゆる受験塾での受験準備はしていませんでした。また、この学校を受けた別の子は、直前模試を受けてみたのだそうです。この時お母さんが驚いたことを聞かせてくれました。この子もパル以外どこにも行かず今まで過ごしてきたのですが、何にでも果敢に取り組みよく考えて着々と身につけていくお子さんでした。ただ、マイペースですから、訓練された子よりも少し時間がかかります。模試を受け終えて出てきたこの子はとても楽しそうで「またやりたい」といったそうですが、出来は最後まで手をつけられなかった課題が多く点数は惨憺たるものだったそうです。お母さんが驚いたのは我が子のことではなく他の子ども達の反応だったそうで、答案を覗くと殆どできているにもかかわらず、難しかったとか、できなかったと言って半泣きの子やイライラした態度の子が多かったそうです。この子は、この学校は不合格でした。速さを要求されるこの学校はこの子には不向きです。そのかわり、その後試験を受けた別の国立大付属小にはすんなり合格しました。この学校の試験内容はまさしく前出の木下さんの文章にもあるような、問題形式の変わった、口頭の設問による、きめ細かく生活を味わっていないとできないような内容でした。子どもによって向き不向きがあるということも検討しなければならないようです。パルの造形でも他の子より時間はかかりますが、自分で考え納得がいくまで丁寧に作品を完成させていくこの子は、私の目にはいつも好ましく映っていました。

4 集団行動が得意
子どもの争いはほんのちょっとしたことや気持ちのぶつかり合いで起こります。その争いを潜り抜けて初めて我慢したり自分の思う正義を上手に主張する方法を知ったり、また相手を思いやったりすることができます。ルールを守らなければゲームも遊びも成り立たないことは当然ですが、とかくお母さん方は「喧嘩をしないように」という既成の道徳を押し付けてしまい、がちで、本当の意味で集団の中での自分のわきまえは体得によってきたえられるものです。受験用の訓練だけで培えるものではないのですから常々怠りませんように。

5 聞き取り能力がある
これは前にも書きましたように、言語能力と集中力の問題です。子どもを理解するおとな、その子どもがどんな環境で何を味わって生きているかをよく知っている人とのたくさんの言葉のキャッチボールをすることで育つものです。日常の生活の中でなんでも親が子どもに手を貸してあげる生活をするのではなくて、子どもにもたくさん依頼して、子どもに依頼の意味を掴ませ、聞き取り能力を高めることです。これは聞き取り能力だけでなく、子どもに自己肯定感・自律心を持たせることにもつながっているのです。

6 家庭でのしつけがきちっとできている  8 挨拶も重要かな
しつけをするというのは、方針を愛情を持って持続させていかなければ子どもの身にはつきません。受験のためのしつけなどありません。日常が大切です。一つの約束事が昨日はだめでも今日はいいなどという妥協は大人のご都合主義、子どもに足元を見られてしつけどころではありません。しかも外見のみのしつけはすぐボロが出ます。〜を買ってあげるからちゃんとしなさい等という代替行為を使ったりするのはもってのほかです。

7 ずばり子どもらしく元気である
上記に書いてきたことに上手に対応し子どもを傷つけないように本当の力になる学習(遊び)を積み重ねれば、子どもは子どもらしく元気でいられるのではないでしょうか。
 今まで書いてきたことは、受験塾に通う通わないにかかわらず、子どもが受験までに身につける事柄の、在るべき内容と、その方法です。膨大な時間を無駄なことにかけすぎないよう、しかも人間として5歳児であっても学ぶべきことはきっちりと押さえて、たとえ受験が実を結ばなかったとしても、後に残るものがあったと思えるような学びを実現させて欲しいものです。

 先日木下さんにお目にかかった際、彼のお嬢さんの学校生活について親としてどう感じていらっしゃるかを伺ってみました。お嬢さんは1時間かけて通学しているそうで勉強時間もたくさん取らないとこなせない少々ハードな毎日を過ごしているそうです。学習面ではそれなりに実力がついていくことに肯定感を感じていらっしゃるようでしたが、何もかも今の状態を盲信して手放しで安心していらっしゃるわけではないと伺い、健全な考えのお父さんなんだと思いました。