豊かな情操教育が、
確かな学力の前提となる


箕面自由学園初等科校長 
原 誠治さん

 


--創立77年というと、各界にいろいろな人材が巣立っているでしょうね。

 ええ。実業界、法曹界など、まさに多士済々です。

 


--ビジネスで成功した人や、いろいろなジャンルで活躍している人に話を聞くと、小学校時代の6年間に人生の基盤をつくったような気がするという人が多いのですが、どう思いますか。
 その通りでしょうねえ。小学校6年間をどう過ごすかによって、その人の将来が決まるような気もします。中学進学や高校進学のときに、どれだけ頑張れるか、あるいは世の中に出て、いろいろな決断に迫られたときや人生の岐路に立たされたときなど、そのときどきにどう判断し、どう行動するかは、子どもの頃の家庭や教育環境に原点があると思いますね。ですから、小学校6年間はその人の人生の背骨をつくる時期と言っていいんじゃないでしょうか。私が以前担任した生徒から手紙をもらいましてね、北野高校に入った優秀な生徒です。ここは難関校の一つです。この子の手紙には、高校入試で頑張れたのは、小学校3年間の経験があったからだというんです。4年生のときに転入してきた生徒ですから、3年間しかいなかったのですが、彼女の場合、ここでの3年間の生活が素質を開花させる原動力になったと思います。

--うれしい手紙ですね。
 ええ、私の宝物です(笑)。

     

 

●心と体をつくる大切な時期に、本物の自然に触れさせる

--こちらでは、学校創立以来、「自然に触れ、体験と実践を重んじた教育」に取り組んでいますね。
 ええ。「ふれあい体験学校」として、1年生のときは滋賀県琵琶湖で「なかよし湖畔学校」、2、3年生では、「ふれあい林間学校」、4、5年生は、いろいろありまして、「スキー学校」「ふるさと体験学校」に「臨海学校」と盛りだくさんです。6年生は「就学旅行」で沖縄に行きます。

     


--5年生になると農家に泊まり込んで体験学習をさせているようですね。
 ええ、11年前から、岡山県作東町の小房という山村の農家にお願いをして、泊まりがけで農業を体験させています。春は田植え、夏はトマトやキュウリの収穫、秋は稲の刈り入れを体験させています。ここは、戸数30軒という小さな山間の村ですが、1軒に2、3人ずつ泊めていただき、日中は、農作業のお手伝いをして、夜は、家の人からいろいろな話を聞かせてもらいます。春の田植えのときにはお祭りがあるのですが、うちの学校の生徒のためにお祭りを続けているとまで地元の人がおっしゃってくれるほど協力的です。お祭りといっても、都会とは違って、華やかなものではありません。誰もが心から豊作を願って、祈り、そして田植え歌を歌う。子ども心にも、自然に対する畏敬の念がわくと思いますね。

--山奥では蚊もいるし、子どもが嫌がりませんか(笑)。

 いや、蚊だけじゃなく、蛇もいるようですが、恐がったりすることはないようですよ。それにうちの生徒たちは、どういうわけか虫が好きなんですよ(笑)。

--どうしてですか。

原 学校には学級園とか花壇がありますが、虫を手に乗せて遊んでいる子どもが多いんですよ(笑)。

--子どもを受け入れる農家も大変ですね。あえてそこまでやる意味合いは何ですか。
 土を耕して、タネを撒き、嵐や長雨、日照りなどを心配しながら、大事に育てて収穫する。そうした本物の農業というか、生きるということの原点みたいなものに触れさせたいと思ってのことです。車で10分も走ったら、近代的なビルが立ち並ぶ都会地の中の農業体験とはちょっと意味あいが違いますね。

--将来、農業をするわけではないし、知識として知っていればいいのでは‥‥。
 いや、「体験」するとか「知る」ということは、そういうことではないんです。山の空気を吸って、においをかいで、その土地の人と一緒に仕事を手伝い、ご飯を食べたり言葉を交わす。土に触れて、なるほどホンモノの土とはこういうものか、山の空気はこんなにもおいしいのか、山の緑はこんなにも鮮やかな色をしているのか、足下の草むらを見れば、いろいろな虫もいる‥‥。スーパーで買ったトマトが食べられなかった子が、ここのトマトを食べてこんなにおいしいのかと驚いたといいます。子ども達が田植えをして収穫したお米で、11月に「おにぎりを食べる会」があるんですよ。のりも塩もつけない。お米だけのおいしさを味わう。まさに、自然はおいしい(笑)。春に行き、夏に行き、秋の稲刈りが終わったときは、涙ぐんで帰る子もいます。小学校6年間という、心と体をつくるこの大切な時期に、こうしたことを体験できることは、校長という立場を離れて、一人の教育者としても、すばらしいことだと思います。それに、自然に触れ、自然という大きな力の存在を知るということは、いわば生命を大事にするということにもつながってくると思うんです。とくに今の時代、こういう教育なり体験が必要だと思いますね。

●文部省標準より20%増の授業時間を確保、中学受験に万全を 期す

-- 一方では、中学受験のための学力をつけてほしいというのが親の本音です。その辺、どうバランスをとりますか。
 小学校教育の基本は基礎学力をつけることです。将来大きく伸びるかどうかは、小学校時代の基礎学力次第といっても過言ではないと思います。先ほど、かつての教え子からきた手紙を紹介しましたが、この子は、小学校時代に自分で考えたり、調べたり、実際にやってみたことが、高校受験に役に立ったと書いてありました。やはり豊かな情操教育が、学力を確かなものにする前提だと思います。学力だけが伸びればいいというものではないし、情操だけでいいというわけにもいかない。両方をバランスよく身につけさせる。そのためにも有名中学に何人合格したとか、今年はうまくいかなかったなど、目先にとらわれてはいけないと思いますね。とにかく、小学校6年間は学力だけでなく、心と体をつくらなければいけない時期なんだということをご両親には知っていただきたいのです。
 ただ、ゆとり教育の導入によって学力低下を心配する親御さんの気持ちもわかります。このため文部省標準による6年間の総授業時間は5367時間ですが、本校では6545時間と1178時間、20%も学習時間を多く確保しています。月のうち隔週2回の土曜日は授業にあてていますが、徹底した学習指導が可能となります。また、6年生3学期の1月は、中学入試に向けて必要な科目(国語・社会・算数・理科)に集中して学習させ、中学入試に備えさせています。

     


--ところで、こちらでは、英語教育にも熱心に取り組んでいますね。
 ええ、創立当初から、外国人教師を招いて英語の授業を行なっています。77年前、本学の創立者は、いずれ日本人は世界の中で生きていかなければならない、そのためには英語教育が必要だと考えたと思うのですが、まさに先見の明があったと思います。また、今年で5年目になりますが、4、5、6年の希望者だけ、毎年20人前後ですが、オーストラリアでホームスティさせています。往復10日間の体験ですが、この時期の子どもというのは、帰ってきたときには一回りも二周りも大きくなっています。

--オーストラリアのホームスティや山村の農業体験には、いろいろなリスクがありますね。トラブルや事故が心配ではないですか。
原 むろん大切なお子さんを預かっているんですから、事前の調査・準備には万全を期していますが、100%安心というわけではありません。もし何かあったら、私の首が飛ぶだけではすみません。しかし、いろいろ心配していたら何もできません。うちの学校を選んで来ていただいているんですから、とにかく充実した6年間を送ってほしい。そういう信念で子ども達を育てていきたいと考えています。


●6歳の子どもとして普通に育っていればいい

--ところで、入学試験の際は、校長先生が面接に立ち会うのですか。

 ええ。

--最近の子どもをどうご覧になっていますか。

原 そうですねえ。面接が終わると、フラフラ歩き回る子もいます。静かにしていなさいと親が叱っても、いうことを聞かない。面接時間は15分ですが、この間、じっとしていられない子どもが目立ちますね。やはり、家庭のしつけ、訓練ができていないんです。人の話を聞くときは、きちんと姿勢をただすというしつけができていない。いちおう椅子には座っているんだけれど、体がグニャグニヤしたりフラフラ動いてしまう。

--そういう子の場合、ペーパーができても合格はむずかしいですか。

 まあ、一概にそうとは言えませんが、やはり不利でしょうね。

--ぜひほしいという子はどんな子ですか

 特別なことを要求しているわけではないんです。15分なら15分間、きちっと座っていられるとか、受け答えがはきはきしている。質問に対して、わからなければわからないとはっきり言える。そういうお子さんなら、わが校にお預かりしても、その子の能力なり個性を伸ばしてやれます。ついでに、申し上げると、面接のときに、親御さんがお子さんにすぐ助け船を出してしまうのは感心しません。たとえ、先生の質問に答えられなくても、この場は自分で切り抜けなさい。自分の思ったとおりにやりなさいという親御さんの場合、ああ、しっかりと子育てをされているなと逆に感心させられます。こういう親御さんに育てられたお子さんなら安心できます。

--保護者へのメッセージが何かあれば‥‥。

 要するに、6歳の子どもとして普通に育っていればいいんです。それに、あえてつけ加えれば、何かができなくてもやろうという意欲が大切です。跳び箱が跳べませんと泣いているのではなく、しがみついてでも登って行こうとする姿勢が見えればいいんです。それには、あまりお子さんのことには口出しをしないで「見守る」という姿勢をもってほしいですね。むずかしいことかもしれませんが‥‥。